コンセンサスを得るための動機づけ内容

前置き

このセミナーの内容は、以前ある会社の社長さんに頼まれて行ったものです。
「ファイルの整理をしたいのでKami技を使う」とのことでしたが、「導入しても誰も使わなければ困るので、動機付けをしてくれ」とのことでした。私は「社長なのだから指示をするだけなのに、余程リーダーシップがないのかな」と、思ったものです。
部屋に入ると、20名ほどの若い男女がいました。
皆シーンとしているのですが良い雰囲気ではありません。「ファイルはしっかり整理している!」とか、「何でそんなものを使う必要があるんだ!」と、そんな不満が聞こえてきそうでした。

戸惑いましたが、「この不満はどこから来るのか?」と考えた時に、それまで分からなかった、社長がセミナーを依頼したことや、「多くの人がファイルを整理できない理由」が分かった気がしました。

セミナー内容

こんにちは、社長から御社の共有フォルダが「何処に何のファイルがあるのか分からない」とのことで、Kami技という「ファイルを整理するソフト」を使うことになったので、その説明に伺いました。

皆さんの表情から「そんなもの使わなくてもしっかりやっている」といった声が聞こえて来そうですが、その不満もファイルを整理する上で必要なことですので、それを踏まえて話を進めたいと思います。

さて、「共有フォルダ」を用いてファイルを整理整頓をすることは、それほど難しくないと思うかもしれませんが、実は、「これを実現している会社は殆ど無い」と、いっても良いくらい難しいものを含みますので、併せてその説明も行います。

会社は利益を得るための集合体

皆さんは知っているかもしれませんが、「会社」と辞書を引くと「利益を得るための集合体」と書かれています。利益を出すことが会社の目的だと言われると、少し驚きますが実はそうなのです。
そのため、皆さんも私も「利益を出すために会社で働いている」ということになります。

今回社長は社内業務を効率化するために、ファイルを上手く整理しようと考えたわけです。
「ファイルを整理することが、何故業務の効率化につながるのか」という、社長の考えを説明する前に、私の感じた二つの違和感についてお話します。

セミナー参加者に感じた違和感

一つは、皆さんがファイルの整理に反対する理由は、「ファイルの整理が効率化に繋がらないと、考えているわけではなさそうだ」と、いうものです。
そうなると「業務の効率化に繋がるかもしれないが、やりたくない」となってしまい、利益を出すために働いていることと矛盾してしまいます。

もう一つは、皆さんが社長の指示に従ってテキパキと仕事をされる方に見受けられることです。
例えば社長がファイルではなく「書類を書庫に整理して効率化しよう」といったら、みんな「分かりました」と、積極的に行動するように思うのです。
不思議に思うのは、書類もファイルも同じ情報の集合体なのに、書類は良くてファイルは駄目となる理由が分からないのです。

組織について

話を戻して、組織についてお話させていただきます。
皆さんの会社は組織的な活動をしています。
組織とは業務を分業する仕組みです。運用には仕組みとルールが必要になり、強みと弱みがあります。
皆さんの業務は、「製造」、「営業」、「経理」といったように分かれているはずです。
もしも「会社が全ての業務を一人一人が行う」という体制だったなら、皆さんは製造や販売、保守業務から集金、経理といった全てのことをしなくてはならないので大変です。

全ての業務を習得するだけで時間が掛かるので、一つ一つの専門性は高まりません。
そこで組織活動では各自の行う業務の幅を狭くすることが一般的です。これにより一人一人の専門性を高められるので、高度な専門家の集団とすることで、効率的な活動を期待するのです。

組織の欠点

ただ、組織は良いことばかりでありません。欠点もあります。人体も組織ですのでこれを例にお話します。
組織活動をするためのルールには「考えるところは一つで、それ以外は考えてはいけない」というものがあります。
会社の場合では「上司が判断するので君は判断するな」ということになります。これには驚きますが、身体に例えると「行き先は脳が決めるので、足に判断されては困る」ということになります。確かに「行き先は足に聞いてくれ」というのでは困ります。
また、組織は分業しているので、一つの動作不良により全体が機能しなくなる欠点があります。
身体の重要な臓器の一部が機能しなくなると、生命活動を維持できなくなるのと同じです。

特別な仕組みも必要になります。
各部位は脳の命令により動くのであり、自発的に動くことは許されません。そのため、神経のように命令を届ける情報伝達の仕組みが必要になります。脳から脚に「動け」との命令を出して足は動きます。足は「ここまで動いた」という情報を脳に返します。それを受けて脳がまた命令を出すことを繰り返して歩行になるのです。

組織活動に必要な仕組み

会社も同様に情報を伝達する仕組みが必要です。
情報伝達手段が言葉や身振りの時代には、情報伝達を行うには会って伝える他ありませんでした。文字が発明されると、会わなくても書類を渡すだけで情報伝達が行えるようになりました。
会社業務では履歴が残ることもあり、口頭よりも書類による情報伝達手段を重視します。

書類による情報伝達手段を用いると、「以前取引先に送付した書類が分からない」というようなことが起きては困ります。これは「取引先に伝えた内容を忘れた」ことと同じですので、対外的な信用面からも、業務の効率面からも書類を管理する必要が生まれるのです。

ファイル管理の必要性

その書類はパソコンの導入によりファイルに姿を変えたので、今度はファイルの管理が必要になるわけですが、不思議なことに書類がファイルになった途端に興味を失ったかのように管理をしなくなる傾向が見られます。
ある市役所でパソコンを導入したことで業務がどれだけ効率化したかを調べたところ、「パソコンによる効率化とファイルを探す時間が相殺して、導入による効率化は認められない」との調査結果を得たそうです。
市役所でさえもファイルに興味を示さず、管理できていない状況の中で、「ファイルを整理することで業務が効率化する」といった社長の慧眼は凄いと思います。

暗黙の運用ルール

さて、先ほどの違和感の話です。
「効率化するかもしれないが、やりたくない」とか、「書類は整理しても良いが、ファイルは駄目」というところです。
皆さんは、会社の利益に貢献している協力的な人たちなのに、何が原因なのでしょう。

先ずは、皆さんが最初にパソコンに触れた時のことを思い出していただきたいと思います。「パソコンを使えるようになる」というのは、パソコンの操作は勿論のこと、「パソコンは個人で管理するもの」、「他の人のパソコンを勝手に操作してはならない」といった、運用上のルールも含まれていなかったでしょうか。
皆さんの判断にはこのルールが影響しているように思えるのです。

組織とルールの相性

しかし、このルールを会社で適用すると、問題が発生することをご存知でしょうか。

ある部署に取引先から連絡があったとします。
「今、客先でトラブルになっている。昨日C子さんに送付してもらった資料を早急にメールして欲しい」というものです。ところがC子さんは外出中です。
同僚はC子さんのパソコンから該当するファイルを探したいのですが、パスワードが掛かっていて起動できません。
C子さんに電話をしてパスワードを聞きたくても、「他の人のパソコンを勝手に操作してはならない」といったルールからすると、タブーな行為のためC子さんに聞けないのです。
その結果、取引先に迷惑をかけることになってしまうのです。

本来なら客先に迷惑を掛けないために、皆でフォローしなければならないのに「パソコンは個人で管理するもの」とか、「他の人のパソコンを勝手に操作してはならない」といったルールが邪魔をしてしまうのです。
組織は共同作業が基本ですので、パソコンの個人使用的な運用方法は向かないのです。
そこで問いたいのは、「私たちが身に付けたルールは本当に正しいのでしょうか」と、いうものです。このルールはいったい何処から来たのでしょう。上司や会社の指示ではありません。
「なんとなく」とか「皆がそうしているから」といったものなのでしょうか。

暗黙の運用ルールの出どころ

このルールの出どころについて、脱線しますが思い当たるところがあるのでお話します。

昔の話です。それも江戸時代といったものではなく、ずっと昔のマンモスがいた頃の原始時代です。人類の祖先は、ホモサピエンスという種だそうです。
当時、ネアンデルタール人という種もいたらしいのですが、彼らは絶滅して我々の祖先だけが生き残ったそうです。ネアンデルタール人は体が大きく、腕力も強く狩猟に向いていたにも拘わらずです。

その理由は、氷河期で大型の獲物が減ってしまったことにあるそうです。小動物は動きが早いので捕まえるのが難しく、そんな中でホモサピエンスは道具の使い方が上手かったことから、動きの早い小動物を石を投げる道具などを使って捕まえることができたそうです。そしてネアンデルタール人は道具を使うことが苦手だったばかりに、絶滅してしまったとのことでした。

道具を使う能力が明暗を分けた訳ですが、私達人類は「特別に道具を使うのが上手い種」に違いありません。

道具は私たちの生活に計り知れない恩恵を与えています。人類は他の動物の頂点にいますが、道具を持たずに、船が難破して無人島にライオンと漂着したら、彼の餌にしかならない存在です。

道具に対する遺伝子

道具を使うのが上手い種であるが故に、私たちの遺伝子には「道具との特別な関係」が組み込まれているかのようです。馬車の時代に自動車や飛行機を見た人は、驚くほどの憧れを持って迎えたのではないでしょうか。
私達は、科学技術を象徴するような道具には憧れを持つところがありそうなのです。
そんな私たちが、近年、驚きと憧れを持って迎えたのがパソコンでした。

当時パソコンは人々の憧れの的でした。そのためパソコンが社会に浸透する際には、パソコンの役割や使い方を検討すべきでしたが、社会全体でパソコンへの憧憬が強かったことから、「パソコンの全てが正しい」といった風潮があり、どの会社でも、「パソコンをどのように使うか」ではなく、「導入することが目的」になっていました。

パソコンとの関係

パソコンは業務を手助けする電卓のようなものなのに、「パソコンを使えるようにならなければ会社にいられない」とか「就職できない」といったように、「パソコンありき」の判断がされていたのもこの頃です。

この時期に面接で「パソコンが使えます」というと、驚くほど高い評価を得ました。
ただ実態は、面接する側もパソコンのことなど全然分かりませんでしたが、パソコンが凄いらしいことだけは知っていたので「君の技術を会社に活かしてくれたまえ」と、なったのです。
彼が入社すると「パソコンのことは君に任せる」と、なったかもしれません。

ところで彼はパソコンを何処で学んだのでしょう。それはいうまでもなく自宅です。
当時のコンピューターは大型で、月のリース料が数億円もしていました。
その時代にアメリカのスティー・ブジョブスやビル・ゲイツといった若者が巨人IBMへの反抗心もあり、個人で購入できる安価な個人向けのパソコンの開発を目指していました。

そしてパソコンが完成します。
ほどなく、登場したパソコンを、世界中の「新しい物好きな人達」が調達したのです。

ルールをパソコンから学ぶ

彼は自宅のパソコンから使い方を学びます。
パソコンは起動時にパスワードを入れる必要がありますが、この機能の目的を皆さんはご存じでしょうか。
当時のパソコンは今ほど安価ではなかったので、一台のパソコンを家族でシェアするための機能でした。
お母さんのユーザー名とパスワードを入れるとお母さんのパソコンとなり、子供のパスワードを入れると子供のパソコンになりました。
これは、パソコンがアメリカ生まれアメリカ育ちなことから、「家族であっても互いのプライバシーを尊重する」という、いかにもアメリカらしい文化や習慣を反映した機能でした。

彼はそのパソコンから操作方法を学んだのですから、「パソコンは個人で管理するもの」、「他の人のパソコンを勝手に操作してはならない」との考えになっても不思議ではなかったのです。

今ならプライバシー保護の機能は「アメリカらしい」と、笑うところですが、当時は「パソコンの全てが正しい」と誰もが思っていた時代だったのです。
彼は、このパソコンを使う上でのルールを後任者に伝えたかもしれません。そして伝えられた彼もまた後任者に伝えたのでしょうか。
いずれにしてもパソコンが普及して40年が経過しているにも拘わらず、「パソコンは個人で管理するもの」、「他の人のパソコンを勝手に操作してはならない」といったルールがパソコンの使い方の基本として、未だに組織で定着していることには驚くばかりです。

ルールは自宅でのパソコンの使い方

不文律とも思えるこのルールの正体は「自宅のパソコンの使い方」に過ぎません。個人向けのパソコンを組織で導入する際に、個人的な使い方まで流用してしまっただけなのです。
そしてこのルールは、組織のルールとかけ離れているため、組織活動にダメージを与えます。

パソコンは電卓と同じ情報処理装置です。
電卓は「人のものを使ってはいけない」なんてことはありません。もともと組織は共同作業が基本ですので、そのようなルールは異常なのです。

また、このルールにおける運用は危険でもあります。
「パソコンは個人で管理するもの」というのは、顧客の個人情報や会社のノウハウに関する情報資産も入っているパソコンを、職責も役職も関係なく、パソコンを使っているという理由だけで、管理権限を譲渡していることと同じなのです。
パソコン使用者の中には、「故意に重要なファイルを削除する」人がいるかも知れません。
パソコンのファイルを削除したからといって咎める会社は世界中を探してもないように、権限を譲渡していることから咎めることができないのです。そもそも何を削除したかなどという、チェックも効かないのです。

また、パソコンのプライバシーの保護の件ですが、ここは会社です。このパソコンは会社の経費で、業務を効率化するために購入したものです。
「他の人のパソコンを勝手に操作してはいけない」といいますが、会社のパソコンに見られては困るようなプライベートな情報が入っているとしたら、そちらの方が問題なのです。

私たちが守ってきたパソコンを使う上でのルールは、不要なだけでなく会社に害をなすものです。

それにも拘わらず、何処の会社も気付かぬまま、このルールでパソコンを運用しています。
気付かないことは、「そのパソコン及び情報に係わる一切の権利を、パソコン使用者に与える」といった、会社方針を打ち出していることと同じなのです。
近年、情報セキュリティの危険性がいわれますが、個人管理をそのままにして、セキュリティ対策を行うという本末転倒のことをしているのです。

このような理由から、皆さんが習得したパソコン操作のルールは、改めなければならないものと、ご理解いただけたのではないでしょうか。
これからは、そういった目線で従来のパソコン運用を検証していただきたいと思います。

以上がセミナーの内容でした。

セミナー後記

その後ある人が、この会社を訪れた際に、フロントの女性事務員のディスプレイを見て、「本棚の形をしているね」といったところ、「当社では、急な同僚の欠勤が起きても、私たちがフォローできる体制になっています。」と、説明してくれたそうです。
その話を聞いて、私も社長に様子を伺いに行ったことがあります。
セミナー以降、劇的に運用が変わったことや、これほど見事にファイル管理を行っている会社を知らなかったので、「凄いですね」と言ったところ、社長は「えっ!」と驚いたり、戸惑ったりしている様子でした。そして「いえ、普通の事ですから」と、ぼそっと言ったのです。

私は帰宅した後も、社長のリアクションが解せませんでした。というのは、普通はファイルの管理に興味のない人の方が多いのに、見事にファイルを管理していたからです。
翌日になり、やっと社長の言葉を理解することができました。
社長にとって、会社が情報を共有するのは当たり前の、普通の事だったのです。普通の事をしただけなのに私が驚いていたので戸惑ったのでした。
私は、パソコン運用のルールが組織に害をなすことに誰も気づいていないことから、このことを高いハードルと位置付けていました。
社長はそれを歩くように渡っただけでした、渡ることの方が普通の事だったからです。